Je pense

日々思うところを気の向くままに ... Since 17th January, 2006

 
 

4 月 11 日・12 日の二日にかけて第 64 期名人戦七番勝負、森内俊之名人 対 谷川浩司九段の第 1 局があり、結果は残念ながら私の応援する谷川九段の惜敗でした。 プロの将棋ではわずかながら先手が有利と言われているので、この局で先手番だった谷川九段が星を落としたのは若干気になるところではあります。 とはいえ、名人戦は七番勝負の長丁場。 谷川九段の巻き返しに期待しています。

ところで、この局が行われている最中の 12 日、将棋好きにはちょっとびっくりするようなニュースが新聞各紙で報道されました。 名人戦の主催が現在の毎日新聞から朝日新聞に移りそうだという報道です。 以下に 12 日付の読売記事 を引用します。

日本将棋連盟(米長邦雄会長)の理事会は、2007年度に予選が行われる第66期名人戦から、主催紙を現在の毎日新聞社から朝日新聞社に移す方針を固め、12日午後、棋士に説明する。

名人戦は、1935年に毎日(当時東京日日新聞社・大阪毎日新聞)が将棋界初のタイトル戦として創設したが、紙面に対局棋譜を独占掲載するための契約金交渉がもつれて50年に朝日に、78年に同様の理由で再度毎日に移った経緯がある。

同連盟としての正式決定には、5月26日の棋士総会での承認が必要になる。しかし、棋士の間からは長く名人戦を主催してきた毎日を擁護する意見も多く、196人のプロ棋士が参加する総会で移籍案が承認されるかどうかは微妙だ。

現在、将棋界にはタイトル戦と呼ばれる棋戦が 7 つあります。 竜王戦、名人戦、棋聖戦、王位戦、王座戦、棋王戦、そして王将戦です。 これらの中でも竜王戦と名人戦は特に格の高いタイトル戦とされており、たとえばある棋士が竜王と王位の二つのタイトルを持っている場合、その棋士は 「○○竜王・王位」 と、竜王を先にして呼ばれます (単に 「○○二冠」 と呼ばれる場合もありますが)。 竜王、名人の両タイトルが別格扱いされるのには、それぞれ異なった理由があります。 竜王戦の場合は、単に賞金総額が高いというのがその理由です。 これは同棋戦を主催する読売新聞社の意向 − すなわち、「一番高い金を出しているのだから格付けも最高位にしろ」 という同社の主張を将棋連盟が呑んだ結果です (ふぅ)。 一方、名人戦が別格扱いされる理由は、なんと言ってもその伝統です。 なにしろ 「名人」 という称号は、江戸時代から続いているのですから。 これに比べて竜王戦にはまだ 18 年の歴史しかありません。 人間にたとえれば、まだ成人式も迎えていない若造なのですが、金だけは持っているので特別扱いされているというわけです。 やれやれ。

それはともかく、この名人戦という伝統ある棋戦を突然奪われることになった毎日新聞は、当然のことながら怒りました。 翌 13 日には同紙東京本社の編集局長名で 『「毎日の名人戦」守ります』 と題する記事 が出されました。 この記事の中で同紙は、将棋連盟による今回の決定を 日本の伝統を大切にする将棋連盟が信義よりも損得を重視するのでしょうか と批判しているのですが、この批判の根拠は、朝日が名人戦の契約金として毎日新聞のそれより 1 億円多い約 5 億円を提示したという点にあります。 ここでもまた金がらみなのですが、その背景には将棋連盟の財政が慢性的な赤字状態にあるという深刻な事態があります。 「信義よりも金勘定が優先なのか」 という毎日の言い分にも一理はありそうな感じですが、信義を重んじて経営を破綻させたのでは、将棋連盟の経営陣 (理事会) は何やってたんじゃということになってしまいます。 連盟には連盟の事情があるわけです。 そしてなぜ将棋連盟の財政が赤字になるのかと言えば、長年にわたる将棋人気の低迷というのがその大きな理由のひとつであることに疑問の余地はありません。

現時点では、毎日が上記の記事で 名人戦を今後も将棋連盟とともに大切に育てていきたいと思います と一歩も引かない構えを見せており、一方の朝日新聞は 4 月 12 日付の記事 の中で広報担当・社長室長の話として 現時点では、日本将棋連盟と毎日新聞社との話し合いの行方を見守りたいと考えております としています。 そして第一の当事者である将棋連盟は本日 14 日、公式サイト上に 『名人戦についての交渉経緯』 と題する声明を発表し、その中で 契約書に則って毎日新聞社と交渉中です としています。 三者の公式発表を総合すると、来期以降の名人戦主催紙が毎日・朝日のどちらになるかは、今後の将棋連盟と毎日新聞との交渉如何にかかっていると言えそうです。

と、ここまでが単なる状況のまとめなのですが、私としては名人戦が朝日に移ることを望んでいます。 これは何も私が毎日を嫌いだとか朝日が好きだ (まさか!) とかいうのが理由ではなく、名人戦が朝日に移った後の両紙の発行部数がどうなるのかに興味があるのです。 もし移行後に毎日の発行部数が減って朝日のそれが増えたなら、将棋にはまだ新聞の発行部数を左右する程度の影響力、すなわち人気があるということになります。 一方、もし移行後の両紙発行部数に顕著な変化が現れなければ ...... 事態は将棋連盟およびすべての棋士にとって極めて深刻なことになっていることがあらためて証明されます。 そして私は、名人戦が毎日から朝日に移っても、両紙の発行部数に大した変化はないだろうと思っているのです。

はたして 10 年後、あるいは 20 年後の新聞に将棋や囲碁の欄は残っているのでしょうか。 将棋ファンの一人としては大いに気になるところです。 もっとも、そのときに新聞そのものが残っているかどうかも実はけっこう怪しかったりするのですが。

【23:42 追記】 この記事を書いた直後の 22:45 頃、毎日新聞からアクセスがありました。 goo ブログ Search 経由で、検索キーワードは 「名人戦」 です。 この件に関して毎日さんが世論の動向をいかに気にしているかを示すひとつの証左とも考えられますね。 少し大げさ、あるいは手前味噌な考えかもしれませんが、政治家などがマスコミ報道を通じて世論の動向を知ろうとしながら毎日を過ごす一方で、そのマスコミは、ネットあるいはブログによって世論の動向を知ろうとするようになっているのです。 やはりネットの重要性には無視すべからぬものがあるとの思いを強くしました。 それと同時に、ネット上で行われる行為をいかにして健全なものに保っていくのか、そして、ネット潰しにも繋がりかねない人権擁護法案をいかにして廃案に追い込むかという二つの問題の重要性をあらためて感じた出来事でした。

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今期の将棋・名人戦の挑戦者に、私が敬愛してやまない 谷川浩司九段 が決まりました。 谷川九段は A 級順位戦 全 9 局が終わった時点で 羽生四冠 (※) と並んで 8 勝 1 敗。 挑戦権争いはプレーオフに持ち込まれることになりましたが、なんとかこの難敵に勝利して、森内名人への挑戦権を手に入れました。

(※) 当時。その後、棋王位を失って、プレーオフの時点では王位、王座、王将の三冠となっている。

これまで谷川は三度名人になり、三度失冠しています。 つまり、失った名人位に二度復位しているということです。 谷川同様、名人位に二度復位した例は過去に 中原誠 の例があります (1985 年と 1990 年)。 しかし、あの大天才・中原でさえ、三度目の失冠の後は復位することがありませんでした。 ですので、もし今度の名人戦で谷川九段が名人の位を奪取すれば、史上初めての名人復位三度という記録を作ることになります。

私が谷川九段を尊敬する理由のひとつに、そのプロ意識の高さがあります。 今から 11 年前の 1995 年 1 月 17 日、谷川が居を構える神戸を含む阪神地方一帯は、阪神・淡路大震災に見舞われました。 谷川自身が 生命の危険を感じたのは生まれて初めての経験であり (中略)、頭の中が真っ白になった と、その著書の中で書いているほどの状況の中、彼は 二十日に予定されていた大阪での対局のことを考えていた と言い、さらには こんな時だから延期してほしいという考えは浮かばなかった。 ただ、どうやって大阪に入ろうか、一日前には大阪に入っていた方がよいだろうな、などと思っていた といいます。 しかも、実はこのとき将棋連盟では、未曾有の大災害という事の特殊性と重大性を鑑みて対局延期も検討していたというにもかかわらず、です。 そしてそれから二ヵ月後の同年 3 月、谷川は、当時王将位以外のすべてのタイトルを持っていた羽生善治の挑戦を受けてこれを退け、羽生の七冠独占を阻止するのです。 谷川はその後、復興を目指す神戸市などへ多額の寄付をし、また、2 年前に起きた新潟県中越地震の際にも、被災地に寄付金を送っています。

上記のような徹底したプロ意識と高潔な人格以外にも、谷川浩司の魅力はあまたあり、とても書き尽せるものではありませんが、あえてもうひとつだけ挙げるなら、その対局姿の美しさでしょうか。 背広を着ても和服を着ても、棋士の中で彼ほど様になり、そしてカッコいい人は稀です。 また、対局中の姿勢から駒を動かすときの指さばきひとつにおよぶまで、谷川の所作はまるで茶道の達人を思わせるような美に満ちていて、さらには気品と風格まで感じさせます。 これは女流の 清水市代二冠 についても同様ですね。

そんな谷川九段ですが、プロ棋士としての彼には不遇な一面もあります。 そのひとつが、同世代にライバルを欠いているということでしょうか。 将棋界で一時代を築いた大名人には、ほぼ常に終生のライバルと呼べる相手がいました。 古くは 大山升田、それに続く中原・米長 などがそうですし、現在の棋界トップに君臨する羽生善治にも、森内俊之佐藤康光という少年期からのライバルがいます。 しかし谷川には、「谷川・○○」 と並び称されるほどのライバルがいませんでした。 想像ですが、これには谷川九段自身も少なからず寂しさを感じているのではないだろうかと思います。

いずれにしても、今の A 級に残っている 40 代棋士は谷川一人。 いわゆる 「羽生世代」 に席巻されている今の将棋界。 そして、それに続く 渡辺山崎 などの若手が台頭してきつつある中で、ぜひとも谷川九段には名人のタイトルを奪取して、復位三度の記録を達成してもらいたいと願っています。

(文中敬称略)

注: 記事中の引用部分は、全て谷川浩司氏の著書、“復活” (毎日新聞社 刊; ISBN4-620-31200-2) からのものです。

 
2006/02/10 14:29
 

二日前の 2 月 8 日に行われた 第 32 期 アルゼ杯女流名人位戦 五番勝負の第三局で、挑戦者の 矢内理絵子 女流四段清水市代 女流名人 に勝ち、見事な三連勝で女流名人位を奪取した。

実を言うと、でん助は清水市代さんの隠れファンである。 なので、今回清水さんが防衛を果たせなかったことは、正直言って残念極まりないのだ、本当は。 あぅ(涙) だが今回に限っては、このでん助も矢内新女流名人の誕生を心から喜びたい。 なぜなら、矢内新女流名人の誕生により、今後の女流棋界がますます面白くなると期待するからである。

今の女流棋界は、上記の清水市代女流三冠 … いや、今では女流名人位を失ってしまったので残念ながら女流二冠とお呼びしなくてはならないのだが … 清水市代女流二冠と 中井広恵 女流六段 による二強時代と言われている。 彼女ら以外にも、今回女流名人位を奪取した矢内さんや、現女流王将の 千葉涼子さん、あるいは 石橋幸緒 女流四段 など、「期待の若手」 と呼ばれる人たちが何人かいる。 だが、彼女たちと清水・中井の二強の間にはかなりの実力差があったようで、つい最近まで女流棋界のタイトルは、ほとんどがこの二人の間で奪い合うという状況だった。 その状況に風穴を開けたのが昨年 6 月の千葉涼子 女流三段による女流王将タイトル奪取という出来事である。 当時はこれをきっかけとして、清水・中井の二強時代から群雄割拠の時代になるかと期待していた。 だが、タイトル奪取後の千葉女流王将の活躍がいまひとつパッとしなかったこともあってか、その後も女流棋界の状況に大きな変化は起こらないまま日々が過ぎていたように思われる。 実際、昨年 11 月には 大山名人杯倉敷藤花戦 で矢内理絵子 女流四段が清水三冠 (共に当時) に挑戦したが、奮闘虚しく矢内女流はあえなく二連敗してストレート負けを喫している。 そして今回、その矢内女流四段が女流名人位戦の挑戦者として再び名乗りを上げたのだが、このときも正直に言ってあまり期待はしていなかった。 せいぜい今度はストレート負けだけは避け、せめて一勝くらいはして欲しいものだと、そんな失礼千万なことさえ思っていたほどである。

だが、嬉しいことにその予想は大きく外れた。 なんと 「せめて一勝」 どころか、矢内女流の三連勝、ストレート勝ちである! 私は矢内さんにお詫びしなければならない。 申し訳ありませんでした、矢内さん。

だが、矢内新女流名人にしろ千葉女流王将にしろ、これで気を緩めてもらってはちと困る。 タイトルというのは、取るのも大変ではあるが防衛するのは一層大変でもあり、また重要なのだから。 要するにタイトルとは 「守ってなんぼ」 というものなのだ。 そしてさらに贅沢 (?) を言わせてもらえれば、次期女流名人位戦や女流王将戦の挑戦者には、現二強以外の人が出て来て欲しい。 でん助は、「矢内 vs 千葉」 や 「千葉 vs 石橋」 という顔合わせのタイトル戦も見たいのだ。 いつもいつも似たような顔ぶれのタイトル戦では興味も半減してしまう。 いや、これはタイトル戦に限ったことではない。 滅多に番狂わせのない勝負や、「この二人ならきっとこっちが勝つんだろうな」 と思っていると、やはり思った通りの結果にしかならない勝負など、そもそも勝負の名に値しない。

清水市代さんのファンとしては、今後も彼女に女流棋界第一人者でいて欲しいという気持ちに偽りはなく、その点で多少複雑な心境でもあるのだけれど、今後の女流棋界、そして将棋界という広い視野で考えると、やはり若手実力者の台頭も大いに期待したい。

頑張れ、女流棋界の若手実力者たち!

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