今月 25、26 の二日にわたって、第 64 期名人戦七番勝負の第 2 局が行われました。 結果は ...... あえて割愛します。 心中お察し下さい(涙)
さて、名人戦移行問題はますます泥沼化の様相を呈しています。 毎日新聞の 名人戦問題特集 や WEB 駒音 に寄せられるファンの意見は、連盟に対する厳しい批判がほとんどという有り様。 将棋そのものを愛するファンの数が減っているとは思いませんが、将棋連盟、なかんずく米長邦雄・連盟会長をはじめとする現理事会を見限るファンが日増しにふえていることは間違いありません。 たとえば、WEB 駒音 には、こんな投稿がありました。
不義理をしても、現在の生活を維持しようとする人や、組織は信用できません、まして子供を預けるなんて、とんでもないことです。
棋士の皆さんには、これが誤解だということを、棋士総会で証明して頂きたい。
将棋連盟を見限るファンが増えるということは、遠からず連盟の財政がさらに悪化することを意味します。 ただでさえ将棋ファンの減少と高年齢化に苦しめられている連盟にとって、これは命取りにさえなりかねない危機的状況と言えるものですが、情けないことに、そのような危機感を持っているプロ棋士はきわめて少数に過ぎないのが実情であるようです。
昨夜、私はこの問題に関する長文の記事草稿を書いていました。 言うまでもなく、このブログに載せようとして書いたものです。 しかし、それを一晩寝かせて今朝読み直してみた途端、なんとも言いようのない虚しさに襲われました。 その記事草稿では、主に米長邦雄・将棋連盟会長の言動に対する批判を記していたのですが、考えてみれば、同氏を連盟理事に選び、そして間接的ながら連盟会長に選んだのは、他ならぬ連盟所属棋士の総意でした。 それら連盟棋士たちは、この危機的状況にあってもっぱら周囲の様子見、あるいは風見鶏を決め込むばかりで、自ら声を上げ具体的な行動に出ようとする人は今のところ皆無のようです。 中には 「ナルゴン」 氏 こと 畠山成幸七段 のように危機意識だけは感じている棋士も若干はいるようですが、現実問題、彼らにどれほど期待できるものかと考えると、甚だ心許ないと言わざるを得ません。
どうやらこれは、米長・連盟会長や連盟理事会だけを批判していればすむという問題ではなさそうです。 将棋連盟の会員、すなわち、プロ棋士のほとんどが、何かの病に冒されているらしい。 自らの明日の食い扶持が増えるか減るか、連盟の中で生き残るにはどちらの側に与 (くみ) するのが得か損か、下手な口出しをして自分に不利になるようなことはしたくない、何も自分がでしゃばらなくても誰かが何とかしてくれるだろう ..... これが多くの棋士たちの本音なのではないかと思えてきました。 保身、無自覚、無関心、そして絶望的なまでの視野狭窄。 棋士たちのこういう病的体質が、あの自己愛と自己顕示欲とに凝り固まった男をトップにいただく連盟理事会を産む土壌になっていたのでしょう。 だとすれば、現在の将棋連盟にこの問題を解決する能力を望むことは虚しいだけと考えるより他になく、連盟会長や理事会だけを批判した昨夜の記事草稿は書くだけ無駄なものでしかあり得ません。 こう考えて、私は昨夜の草稿を削除しました。 そして今、こうしてあらたな記事を書いているという次第です。
日本将棋連盟の公式サイトに「ご挨拶」 と題する米長邦雄・同連盟会長の一文 が掲載されています。 そこで同氏は 私は第一に普及、第二に普及と考えております
と述べていました。 また、同連盟発行の月刊誌 『将棋世界』 2005 年 9 月号には、第 18 期竜王戦の決勝トーナメントに臨む島朗・普及事業担当理事のコメントとして 普及活動に協力しない人には勝ってほしくありません
との勇ましい一文が載っています。 今回の騒動が将棋普及に与えた甚大なるマイナス効果を考えるとき、私にはこれらの御立派なコメントがただただ虚しく聞こえるばかりです。
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このブログではこれまで 6 枚の Jazz CD を紹介してきましたが、私は CD 紹介の場合に限って amazon のアフィリエイト・プログラム を利用してます。 その理由は、紹介記事の中にアルバムジャケットの画像を載せたかったからで、著作権を気にすることなくジャケット写真を載せようとすると、アフィリエイト・プログラムを利用する以外に適当な方法が思い浮かばなかったんです .... ってことは前にも一度書いたんだっけか? むぅ、いかん。 健忘症だ(汗)
とまあ、単にそれだけの理由でアフィリエイト・プログラムを利用していたわけなんで、アフィリエイトで儲けようなどとはこれっぽっちも考えていなかったのですが、なんと昨日、私の記事から amazon で CD を注文された方がいたことがわかりました。 予想もしていなかったので、驚いたことも驚いたのですが、それ以上に心の底から嬉しさを感じました。 注文されたのがどこのどなたか私には知りようもないのですが、とにかくその方は私の紹介記事を読んで、その結果、数千円の買い物をする気になってくれたのです。 紹介記事を書いた身としては ..... しては、え〜っと、何冥利って言うのかな? 紹介者冥利なんて言葉、聞いたことないけど、まあいいや ..... 紹介者冥利に尽きるというものです。 それも手当たり次第に適当に紹介していたわけではなく、自分が本当に好きなもの、自信をもってお勧めできるものを紹介して、それを読んだ方がお金を払って買おうという気になってくれたというわけですから、これは本当に嬉しいです。
アフィリエイトというものが単なるお小遣い稼ぎだけじゃなく、こういう喜びも与えてくれるのだということを、今回の件で初めて知りました。 やはり何事もやってみないとわからないもんですね。 そういう意味ではいい勉強にもなったのですが、それ以上に ..... いや〜、やっぱ嬉しいなあ、これは。 うん、嬉しい! ブログやって良かった、あの記事を書いて良かったと、いま、つくづく思ってます。
Jazz のカテゴリーでは、これまでずっと Bill Evans に関する記事ばかり書いてきましたが、ここで白状します。 実は、私が一番好きな Jazz CD は Bill Evans のものじゃないんです。 Wynton Kelly の “Kelly Blue”。 これが私の一番好きな Jazz CD なんです、実は。 いや、Bill Evans も好きなんですよ、もちろん。 つか、大好きです。 でなきゃあんだけ記事書いたり CD 買ったりしやしません。 でも 「一番好きな Jazz の CD は?」 と聞かれたらこれになっちゃうんです。 う〜む。
この CD との出会いはちょっと変わっていました。 もう何年も前のことになるのですが、ふらりと入った喫茶店だったかレストランだかで、この CD が BGM としてかかっていたんです。 イッパツで参ってしまいました。 一目惚れならぬ一聴き惚れ (or 一耳惚れ?) です(笑)。 すぐさま店の人に聞いて、それが Wynton Kelly というミュージシャンの “Kelly Blue” という CD だと知りました。 でもって即購入です。 こういうパターンって珍しいんですけどね、私の場合。 よっぽど気に入ったんでしょう。 なにしろアルバムタイトルはおろか、Wynton Kelly という名前すら、その時点で私は知らなかったのですから。 その後、Kelly の CD は 7、8 枚ほど買っていますが、やはり最初に買った “Kelly Blue” が私にとってはベストです。
このアルバムには 8 曲が収録されていますが、中でも一番のお気に入りが “Keep It Moving” です。 この曲の何がいいって、ノリがいい! もうサイコーです。 無意識で体が動いちゃいますね。 でもって、何度聴いても飽きるということがありません。 しかも CD ではこの “Keep It Moving”がツーテイク (Take 4 と Take 3) 入っているので、なんだかすごく得した気分(笑)。 ちなみに、この曲と 1 曲目の “Kelly Blue” だけが通常のトリオ編成にコルネット、テナーサックス、そしてフルートを加えたセクステット編成での演奏です (他の曲はすべてトリオ)。
以下は余談になりますが、本来この CD について書くのはもう少し後にしようと思ってたんです。 美味しいものは最後に食べる主義なもんで(笑)。 ところが最近、MonoMania さんのブログ 『モノローグ』 (4/21 の記事) や 作左衛門さんのブログ 『作左衛門 縁側日記』 (4/11 の記事) でこのアルバムが紹介され、なぜだか無性に焦りを感じてしまいました。 「お、俺も紹介記事を書かなきゃ(汗)」 って。 なんででしょうね? 別に誰かが紹介記事を書いてたからって、自分まで焦って同じアルバムの紹介記事を書かなきゃならないってモンでもないでしょうに。 これまた謎です(笑)
この記事を書いている今の時点 (4/23 21:03) で、アクセスカウンターの数値は 985 を示してます。 1000 の大台まであと 15 アクセスなんですが、今日中の達成はちょっと無理っぽい感じですね。 でも、明日にはまず間違いなく大台に乗りそうです。
まあ、アクセス数が 1000 いったからってなんだっちゅーねんという話もありますし、たったの 1000 アクセスで喜んでてどないすんねんとか、そもそもアクセス数は気にしないんじゃなかったの? とかいう話もあるんですが、ま、それはそれとして(笑) やっぱり大台に乗るってのはそれなりに感慨深いものがあります。
ブログを初めてからまだたったの三ヶ月ではありますが、これまで続けてこられたのも、読んで下さる読者の皆様の存在があってこそです。 この機会をお借りして、読者の皆様に深く御礼申し上げます。 そしてまた、拙い内容ばかりのブログではありますが、今後ともどうぞよろしくお願い致します。
P.S. まだ 1000 いったわけじゃないのに、我ながら気が早いなぁ(^^;)
管理人・でん助 拝
【4/24 07:44 追記】 起きてみたらあっさり 1000 達成してました。 記念すべき (?) 1000 アクセス目は、午前 3:50 頃に http://search.yahoo.co.jp/ 経由でいらした YahooBB ユーザさんだったようです。
さて、序の1、序の2と前置きばかりが長くなってしまいました。 今回からやっと本論です。
人権 「擁護」 とは名ばかりでむしろ人権侵害推進法案とさえ呼びたいこの法律案ですが、感情的に批判ばかりしていても無益だろうと思います。 そこで今回は、この法案がどのような内容のものなのかをご紹介します。
人権擁護法案は、その目的達成ため 「人権委員会」 の設置を定めています。 ただし同委員会の構成人員は委員長を含めて僅か 5 名に過ぎず、かつ、そのうちの 3 名は非常勤とされているため、この委員会が実務のすべてを行うことは事実上不可能です。 そのため、同法案が成立した場合、この法律の執行は同委員会から委嘱された 「人権擁護委員」 によって行われることになります。
人権擁護委員は全国市町村単位に置かれ、その定数は 「全国を通じて二万人を超えないものとする」 (法案二十四条) とされています。 また、人権侵害の申し立てがあった場合に行われる調査に関しては、「国の他の行政機関、地方公共団体、学校その他の団体又は学識経験を有する者に対し、必要な調査を嘱託することができる」 (第四十条) とされていますので、調査に関しては、人権委員会が認めた組織・団体でさえあれば事実上どんな組織・団体でもこれを行うことが可能となっています。
さて、同法案が国会において成立し、そして施行された場合、世の中はどのようになるのでしょうか。 以下、架空の人物 A 氏が同じく架空の人物でん助氏によって人権侵害を受けた場合を例としてこれを記します。
先日、MOLTON BROWN (モルトンブラウン) の バス & シャワージェル、ginseng を 渋谷・セルリアンタワー の in Touch で購入しました。 300ml 入りでお値段 \3,150 也。 たっけぇ〜。 あ〜、でも精油と比べれば全然安いですね。 似たような値段で内容量 30〜60 倍ですから (← 1 回に使う量のことを考えていない)。
それにしても、この 1 年くらいでシャンプーだのバスジェルだのにずいぶん贅沢するようになってしまいました。 それまでは駅前のスーパーで売ってるふつーのを買うのが当たり前で、たかがシャンプーにウン千円も出すなど正気の沙汰ではないとまで思ってたのに…。 それが今ではシャンプーがエッセンシャルオイル入りのものになったし、バスジェルなんて今回買った MOLTON BROWN を含めて 3 種類もあるという始末。 いったいおいらはどうしちまったっていうんだろう? でもいいんだ、また、これが。 この香り。 MOLTON BROWN の ginseng。 もう病み付きです。
で、こうなっちゃった原因は ..... と考えると、これが明らかなんだよなぁ。 アロマテラピー始めたせいだ。 そうに決まってる。 そのせいで匂いや香りがやたらと気になるようになってしまったのだ。 アロマテラピーって心身の健康にはいいけれど、財布の健康にはあまり良くないかもしれないです。 最近、財布が見る影もなく痩せこけてるし。 あれ? なんで 「〜だ。〜である。」 と 「ですます」 がごっちゃになってるんだ? 今日の記事は。 ま、いーか。 気にしない、気にしない。
ちなみに、冒頭でご紹介した MOLTON BROWN の商品は、新宿伊勢丹をはじめとして都内 5 店舗、横浜 1 店舗、そして福岡の 1 店舗で購入できるとの情報が MOLTON BROWN 社の WEB ページ に載ってました。 後はネットで探してみると、通販しているサイトもいくつかあるようです。
このタイトルで記事を書くのは約二ヶ月ぶりなのですが、その間も、実はコツコツと (コソコソと?) テンプレートの改良作業を続けていたのでした。
まず、ブラウザの設定で文字サイズを変更できるようになりました。 これ、以前から Firefox や Opera では可能だったんですが、Internet Explorer だけはどうやっても文字サイズを変えられなかったんです。 理由は、フォントサイズを px (ピクセル) 単位で絶対指定していたせいです。 これを相対サイズ指定に変更したので、Internet Explorer の 「表示」→「文字のサイズ」 で文字サイズを変えられるようになりました。
二つ目の改良点は、時計の追加です。 画面上部、メニューバーの右端にデジタル時計が付きました。 目的は、もっぱら自分の夜更かし防止用なのですが、はたしてこんなモンで所期の目的が達成できるものやらどうやら ..... やや不安が残ります。
一方、上記の改良を加えた結果、Internet Explorer で文字サイズを 「中」 以外にするとレイアウトが乱れるようになってしまいました。 これは今回追加した時計が表示されてる部分で特に顕著です。 また、文字サイズを 「最大」 にすると、右側のメニューが画面下部に落っこっちゃいます。 文字サイズを変更してもレイアウトが乱れないようにするのは不可能ではないのですが、少々時間を要するため、これはまた例によって 「将来の課題」 ということでご勘弁下さいませ。
管理人・でん助 拝
やっとイジュが手に入った。 まずはビンの蓋を開け、直接香りを嗅いでみると ....
う〜む、花だ。 花の香りだ、これは、まさしく。 そして甘い。 どこか懐かしさを感じさせる甘さ。 「けだるい甘さ」 と言ってしまうと言い過ぎなのだが、そんな要素もごく微かに含まれているように感じる。 逆に、柑橘系のような鋭さは感じられない。 これ以上の表現は難しい。 この精油の香りを文章で表現するには、僕の語彙は少なすぎるし、知っている精油の数も少なすぎる。 確かに 今日のアロマバス でかすみはらさんが書いておられたように、一本で香水にしても良いくらい
とも感じる。
さて、次はブレンドなのだが、どうしようか。 イランイランと合わせることだけは決まっている。 問題はその他だ。 この二種類だけで行くか、それともラベンダー、ベルガモット、あるいはオレンジ・スィートのどれかを 1 滴くらい加えてみるか。 悩ましい .... でも、こうやって悩んでるのがまた楽しいんだよな(笑)
よし、決めた! とりあえず今日はラベンダーを入れて 3 種類のブレンドで試してみよう。 5ml を 2 本買ったので、いろいろブレンドを試してみるには十分なだけの量があるしな(笑)
4 月 12 日の記事 では、イランイランを 「アロマテラピーの代名詞と感じられる精油」 と書きましたが、これはあくまで私の個人的な感覚での話です。 一般的にはこのラベンダーこそ 「アロマテラピーの代名詞」 の名にふさわしい精油と言うべきだろうと思います。 多くの人に好まれる香りというだけでなく、その効能の多さや、ブレンドに使う場合にほぼどんな精油とでも合う相性の良さ等々、本当に長所の多い精油です。
その一方で、同じラベンダーの名で売られていながら、メーカーにより、あるいは同一メーカーでもロットによって、この精油の香りはとても大きく異なります。 その理由のひとつはおそらく、ラベンダーという植物がとても多くの地域で栽培されていることにあるのでしょう。 一例として 生活の木 では、タスマニア産、フランス産、そしてブルガリア産と、三種類のラベンダーを販売しているくらいです。 産地が違えば、そして、地域としては同じ産地 (たとえばフランス) でも栽培されている場所の標高が異なれば、そこで採れるラベンダーの品質は異なります。
私が持っているラベンダーは、ニールズヤード、ジェリーク それに イヴ・テイラー のものですが、それぞれに個性があって楽しめます。 中でも特に気に入っているのがジェリークのもので、このメーカーのラベンダーは、とても柔らかくフローラルな香りがします。 また、イヴ・テイラーのラベンダーは、繊細でスッキリとした香りと感じます。
ちなみに、ときどきカンファー臭がかなり強いラベンダーがありますが、あれって本当にラベンダー (Lavandula officinalis or Lavandula angustifolia) なんでしょうかね? ラベンダーとうたっていながら実はスパイクラベンダーやラバンジンだった、なんてことはないんでしょうか。 あるいは、それらが混ざっているとか。 カンファー臭の強いラベンダーって、あまり好きじゃないんです .....
前から思っていたことなのだが、こんなたわごとを書いてみたくなった。
10 人の人がいれば 10 通りの常識がある。
10 人の人がいれば 10 通りのマナーがある。
いや、別に特別な理由があってこんなことを書きたくなったというわけじゃないんですけどね。 なぜかふと今日はこれを書いてみたくなったのです。 なんでだろ? 変なの(笑)
4 月 11 日・12 日の二日にかけて第 64 期名人戦七番勝負、森内俊之名人 対 谷川浩司九段の第 1 局があり、結果は残念ながら私の応援する谷川九段の惜敗でした。 プロの将棋ではわずかながら先手が有利と言われているので、この局で先手番だった谷川九段が星を落としたのは若干気になるところではあります。 とはいえ、名人戦は七番勝負の長丁場。 谷川九段の巻き返しに期待しています。
ところで、この局が行われている最中の 12 日、将棋好きにはちょっとびっくりするようなニュースが新聞各紙で報道されました。 名人戦の主催が現在の毎日新聞から朝日新聞に移りそうだという報道です。 以下に 12 日付の読売記事 を引用します。
日本将棋連盟(米長邦雄会長)の理事会は、2007年度に予選が行われる第66期名人戦から、主催紙を現在の毎日新聞社から朝日新聞社に移す方針を固め、12日午後、棋士に説明する。
名人戦は、1935年に毎日(当時東京日日新聞社・大阪毎日新聞)が将棋界初のタイトル戦として創設したが、紙面に対局棋譜を独占掲載するための契約金交渉がもつれて50年に朝日に、78年に同様の理由で再度毎日に移った経緯がある。
同連盟としての正式決定には、5月26日の棋士総会での承認が必要になる。しかし、棋士の間からは長く名人戦を主催してきた毎日を擁護する意見も多く、196人のプロ棋士が参加する総会で移籍案が承認されるかどうかは微妙だ。
現在、将棋界にはタイトル戦と呼ばれる棋戦が 7 つあります。 竜王戦、名人戦、棋聖戦、王位戦、王座戦、棋王戦、そして王将戦です。 これらの中でも竜王戦と名人戦は特に格の高いタイトル戦とされており、たとえばある棋士が竜王と王位の二つのタイトルを持っている場合、その棋士は 「○○竜王・王位」 と、竜王を先にして呼ばれます (単に 「○○二冠」 と呼ばれる場合もありますが)。 竜王、名人の両タイトルが別格扱いされるのには、それぞれ異なった理由があります。 竜王戦の場合は、単に賞金総額が高いというのがその理由です。 これは同棋戦を主催する読売新聞社の意向 − すなわち、「一番高い金を出しているのだから格付けも最高位にしろ」 という同社の主張を将棋連盟が呑んだ結果です (ふぅ)。 一方、名人戦が別格扱いされる理由は、なんと言ってもその伝統です。 なにしろ 「名人」 という称号は、江戸時代から続いているのですから。 これに比べて竜王戦にはまだ 18 年の歴史しかありません。 人間にたとえれば、まだ成人式も迎えていない若造なのですが、金だけは持っているので特別扱いされているというわけです。 やれやれ。
それはともかく、この名人戦という伝統ある棋戦を突然奪われることになった毎日新聞は、当然のことながら怒りました。 翌 13 日には同紙東京本社の編集局長名で 『「毎日の名人戦」守ります』 と題する記事 が出されました。 この記事の中で同紙は、将棋連盟による今回の決定を 日本の伝統を大切にする将棋連盟が信義よりも損得を重視するのでしょうか
と批判しているのですが、この批判の根拠は、朝日が名人戦の契約金として毎日新聞のそれより 1 億円多い約 5 億円を提示したという点にあります。 ここでもまた金がらみなのですが、その背景には将棋連盟の財政が慢性的な赤字状態にあるという深刻な事態があります。 「信義よりも金勘定が優先なのか」 という毎日の言い分にも一理はありそうな感じですが、信義を重んじて経営を破綻させたのでは、将棋連盟の経営陣 (理事会) は何やってたんじゃということになってしまいます。 連盟には連盟の事情があるわけです。 そしてなぜ将棋連盟の財政が赤字になるのかと言えば、長年にわたる将棋人気の低迷というのがその大きな理由のひとつであることに疑問の余地はありません。
現時点では、毎日が上記の記事で 名人戦を今後も将棋連盟とともに大切に育てていきたいと思います
と一歩も引かない構えを見せており、一方の朝日新聞は 4 月 12 日付の記事 の中で広報担当・社長室長の話として 現時点では、日本将棋連盟と毎日新聞社との話し合いの行方を見守りたいと考えております
としています。 そして第一の当事者である将棋連盟は本日 14 日、公式サイト上に 『名人戦についての交渉経緯』 と題する声明を発表し、その中で 契約書に則って毎日新聞社と交渉中です
としています。 三者の公式発表を総合すると、来期以降の名人戦主催紙が毎日・朝日のどちらになるかは、今後の将棋連盟と毎日新聞との交渉如何にかかっていると言えそうです。
と、ここまでが単なる状況のまとめなのですが、私としては名人戦が朝日に移ることを望んでいます。 これは何も私が毎日を嫌いだとか朝日が好きだ (まさか!) とかいうのが理由ではなく、名人戦が朝日に移った後の両紙の発行部数がどうなるのかに興味があるのです。 もし移行後に毎日の発行部数が減って朝日のそれが増えたなら、将棋にはまだ新聞の発行部数を左右する程度の影響力、すなわち人気があるということになります。 一方、もし移行後の両紙発行部数に顕著な変化が現れなければ ...... 事態は将棋連盟およびすべての棋士にとって極めて深刻なことになっていることがあらためて証明されます。 そして私は、名人戦が毎日から朝日に移っても、両紙の発行部数に大した変化はないだろうと思っているのです。
はたして 10 年後、あるいは 20 年後の新聞に将棋や囲碁の欄は残っているのでしょうか。 将棋ファンの一人としては大いに気になるところです。 もっとも、そのときに新聞そのものが残っているかどうかも実はけっこう怪しかったりするのですが。
◆
【23:42 追記】 この記事を書いた直後の 22:45 頃、毎日新聞からアクセスがありました。 goo ブログ Search 経由で、検索キーワードは 「名人戦」 です。 この件に関して毎日さんが世論の動向をいかに気にしているかを示すひとつの証左とも考えられますね。 少し大げさ、あるいは手前味噌な考えかもしれませんが、政治家などがマスコミ報道を通じて世論の動向を知ろうとしながら毎日を過ごす一方で、そのマスコミは、ネットあるいはブログによって世論の動向を知ろうとするようになっているのです。 やはりネットの重要性には無視すべからぬものがあるとの思いを強くしました。 それと同時に、ネット上で行われる行為をいかにして健全なものに保っていくのか、そして、ネット潰しにも繋がりかねない人権擁護法案をいかにして廃案に追い込むかという二つの問題の重要性をあらためて感じた出来事でした。
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これは私が初めて買った精油のひとつです。 そのため、私にとっては特別な思いを感じる精油でもあり、また、アロマテラピーの代名詞と感じられる精油でもあります。 ようするにイランイランの香りをかぐと、私は 「ああ、アロマテラピーしてるぅ」 という気持ちになるんです(笑)
ところでイランイランというオイルは、人によって好き嫌いの差がはっきりと出るオイルのようです。 もっとも、これはイランイランに限った話ではなく、どうも香りに関する好き嫌いというのは、食べ物などに比べて一般的に個人差が大きいようですが。 いずれにしても、イランイランを好まない人がいるというのは、あながち理解できないことでもありません。 このオイルって、香りの強さとしては中からやや強めという程度かと思いますが、独特のクセがあるんですよね。 このクセが好みに合えば、それこそ 「イランイランなしではいられない」 となるでしょうし、逆に好みに合わないと 「イランイランだけはダメッ!」 となるんじゃないかと思っています。 嫌いなもの、好みに合わないものはどうしようもないことではあるのですが、この精油には、 たとえば落ち込んだ気分のときに少しでも気持ちを明るい方向に持っていく効果があるなど、なにかと便利な特性が少なくないので、まったく使わないというのも残念 ...... と言うか、もったいなあと思うことがたまにあります (余計なお世話なんですが)。 そこで今日は、イランイランがあまりお好きでない方にちょっと試して頂きたいことをいくつか書き記してみようと思います。
少々古い記事になって恐縮ですが、2 月 13 日の記事 『やっぱりね(笑)』 で、一見普通のコメントと思わせながら実は特定サイトに誘うスパムコメントについて記しました。 最近になって、似たような新手が出てきたようです。
今回のお誘い先は http://blog-jp.tk/ です。 つい 2 時間ちょっと前に書いた私の記事に以下のようなコメントが付いていました。
Subject: こんにちは From: れん (-) [URL] Date: 2006/04/11 23:00 http://blog-jp.tk/でみつけたので見にきちゃいました〜。 ブログまた見にきますね。
前回同様 Google で "blog-jp.tk" を検索 すると、159 件ヒットしました (4/11 23:49 現在)。 この数は、今後急速に増えていくものと思われます。 ヒットしたサイトの全てを見たわけではありませんが、ほとんどがブログへのコメントで、文面もほぼ同じのようです。 これを読んでいるあなたのブログに上のようなコメントが付いているのを見つけたら、まずそれはスパムコメントと思って間違いありません。
IHTH
え〜、平日に重い記事を書くのはさすがに無理と気が付いたので (今ごろ ...)、今日は軽めに Jazz の話題です。
先日も書いたとおり、Bill Evans のアルバムが 2 枚増えました。 それにしてもつくづく苦笑せざるを得ないのは、当初の目的と実際の結果との間のギャップです。 なんのことかと言うとですね、そもそもこうしてお気に入りの Jazz アルバムを紹介し始めたのは、自分が好きな Jazz や Bill Evans のアルバムをまだ知る機会のない人に知ってもらい、結果としてそういう人の CD コレクションの中に Jazz や Bill のアルバムが増えたらいいなと、それが目的だったんです。 ところが実際の結果がどうかと言えば、まずワルツさんに “Moon Beams” をご紹介いただいて、それまで 2 枚だけだった Bill Evans のアルバムが 3 枚になり、そして先日さらに 2 枚増えて計 5 枚と、なぜか増えたのは自分の CD コレクション ...... なんでやねん?
いや、いいんですけどね、別に。 自分が好きなアーティストのアルバムが増えるのはけっして悪いことじゃありませんから。 まあ多少は懐が痛みますが(苦笑)、CD 1 枚 10 万円するわけじゃないのでなんとかなります。
閑話休題。 増えたアルバムの話を書くんでしたっけ。
今回新たに購入したのは ...... っと、ここらでさっき仕掛けたラベンダー (3)、ベルガモット (1)、イランイラン (2)、グレープフルーツ (1) & ゼラニウム (1) のブレンドが香ってきました。 いい香りだなぁ〜 ...... あう、また話が逸れた。 今回新たに購入したのは “Sunday at the Village Vanguard” と “Explorations
” です。 ところがこの 2 枚、けっこう印象が違うんですね。 “Explorations” は “Portrait in Jazz” に近い印象で、すんなり自然に自分の中に入ってきました。 It's so sophisticated and moody. 部屋の雰囲気がぐっと良くなるのも “Portrait in Jazz” と同じです。 一方の “Sunday at the Village Vanguard” なんですが、なぜかこれはあまりピンと来なかったです。 これだって Bill Evans の代表作のひとつと言われてるそうなので、悪いわけはないんですけどね。 相性みたいなものなのかもしれません。 あるいは何度も聴いてるうちに次第に良さが分かってくるタイプのアルバムなのかも。
今日は快晴。 すンごく気持ちのいい一日でした。
昨日の続きで人権擁護法案関係の記事も書きたかったんですが、ちょっと無理になりそうだったのと、こんな気持ちのいい日に家にこもってパソコンいじりってのもちょっとなぁ、と思ったのでやめました。 ここんとこ政治絡みのお堅い記事が続いたので .... てのも理由のひとつではあるんですが、けっこう大変なんですよねえ、あの手の記事を書くのって。 昨日の記事でも、書くのに 5 〜 6 時間かかってるんです。 いろいろ調べながら書くもんで。 そんでやっと書き上がったのが午前 3 時。 いくら土曜の夜とはいえ、あまり健全じゃないですね。 反省、反省(^^;)
てなわけで、今日はちょっくら外出し、買い物 & 散髪をしてきました。 髪が短くなってサッパリです。 今夜はちょっとブログをジシュクして .... あ、今度のは 「自祝」 じゃなくて 「自粛」 ですが(笑) .... ネロリのブレンドを焚きながらジャズを聴き、とことんリラックスしてから寝ようと思います。
あ、そうそう。 ジャズと言えば、Bill Evans の CD が 2 枚増えました。 この件についてもまた後ほど。
前回、そして前々回と、歴史教科書問題に関する安倍官房長官の発言を朝日新聞がどのように取り上げたかについて記し、同紙の記事および社説に見られる論理の粗雑さと卑劣さを批判しました。 それにしても、今回の件に限らず最近の朝日が安倍氏に対して向ける攻撃の激しさには尋常ならざるものがあります。 記憶に新しいところでは、NHK に対して番組改変圧力をかけた政治家として真っ先に名指しされたのも同氏でした。 考えてみればそれも当然のことで、安倍氏と言えば自他共に認める 「タカ派」 であり、また、北朝鮮はもとより中韓両国に対しても強硬な姿勢を貫き続けている政治家です。 言うなれば朝日の政治的スタンスの対極に位置するような人ですから、その安倍氏を朝日が目の敵にするのはごく当たり前のことなのかもしれません。 今後も朝日は同氏を 「最重要攻撃目標」 とし、同氏の信用を失墜させることを目的として、ことあるごとに批判・攻撃の記事を書き続けていくでしょう。
さて、人権擁護法案について記す今回の記事を朝日新聞と安倍氏に関するエピソードから書き始めたのには訳があります。 それは、同法案に関する朝日の立場が賛成であるのに対して安倍氏がこれに反対と、両者の立場がこれまた真っ向から対立しているからです。 このカテゴリーでは、次回から何度かに分けてこの人権擁護法案なるものがなぜ悪法と考えられるのかについて私見を記していこうと思っていますが、「人権」 と聞けば 「尊重し守られるべき大切なもの」 と考えるのが一般的でもあり、普通でしょう。 そうであれば 「人権を守る法律」 である 「人権擁護法 (案)」 がなぜ悪法なのか、不可解に思われる方も少なくないかと思います。 そのような疑問に対する回答も、このブログの中で分かりやすく書いていければと思っています。
その前に今回は 「序の2」 として、同法案および類似の条例等に関するこれまでの経緯などを記しておこうと思います。 記事の中では、わかる範囲でできるだけ多くの資料をリンク付きで紹介するようにしていますので、二次資料としてもご利用いただければと思います。
私は 昨日の記事 において、歴史教科書問題に関する安部官房長官の発言について記した朝日の記事を取り上げて、これが自らの過ちを隠蔽・糊塗する厚顔無恥なものであるとし、さらに 「朝日新聞は恥を知れ」 と批判した。 まさか朝日の記者がこのブログを読んだわけでもあるまいが、今日の同紙社説の中に以下のような記述があった。
82年6月、高校の教科書について検定結果が報道された。朝日新聞を含め多くの新聞や放送が、「華北を侵略」という記述が検定によって「華北に進出」に変えられたなどと伝えた。
ところが、その後、「華北に進出」という表現は検定前から書かれていたことがわかった。その限りでは、安倍氏の指摘した事実はある。当時のずさんな取材を率直に反省したい。
※ 上記引用中の文字強調は引用者による。
これを読んで、私は 「へ〜、朝日も反省するべきところは反省するんだな」 と、同紙を見直してしまうところだったのだが ....
とんだ大間違いだった。
一見あらためて謝罪したかのようなこの社説は、その後段で以下のように書いている。
「華北に進出」と書き換えられた事実はなかったが、ほかの例や過去の検定を見れば、同じような問題がある。そう判断したからこそ、政府は官房長官談話を出したのだろう。
これはいったいどういう理屈か。 「私たちは嘘を書いた。 それは確かに嘘だったが、でも、他に似たような事実があった。 当時の政府が謝罪したのは私たちの誤報に基づいてのものではなく、“他の似たような事実” に基づいてのことだったのだろう」 と言っているのだ、この社説は。
朝日に聞きたい。 上記引用部分最後の 「〜を出したのだろう」 とは何なのか? この 「だろう」 という曖昧な表現は? 当時の関係者に取材をしたのか。 それとも、手記のようなものでも新たに発見されたのか。 そうではなかろう。 取材も手記もあるわけがない。 もしあるのなら、朝日は鬼の首でも取ったかのようにそれを喧伝せずにはいられないはずなのだ。 裏付けも何もない単なる憶測に基づいて他人の発言を批判する − これが朝日の言う 「ジャーナリズム」 の正体である。
そしてこの社説はさらにこう続ける。
歴史への反省を踏まえた当時の官房長官談話を否定するかのような、現在の官房長官の発言は、政府の姿勢に疑念を抱かせかねない。
この言葉、以下の通り朝日にお返し申し上げる。
「誤報・虚偽報道への反省を踏まえた当時の社会部長による謝罪記事を否定するかのような今回の朝日社説は、同紙の姿勢に疑念を抱かせかねない」 と。
最後に、昨日の言葉を再度繰り返す。
朝日新聞は恥を知れ!
【追記】 Chobi 氏のブログ 『OPINION 〜NEWSに意見〜』 でも、この件が 『反省が足りない朝日』 と題された記事で取り上げられています。
【追記 2】 ちなみに、この朝日の社説には 『侵略と進出 事実を踏まえ論じよう』 という見出しが付けられている。 いったいどういう事実を踏まえて論じると 「長官談話を出したのだろう」 などという記事ができあがるのか、一度聞かせてもらいたいものである。
今日 4/3 の asahi.com に 『「進出」書き換え問題 中韓抗議で謝罪、安倍氏「誤り」』 と題する記事 が掲載されていた。 これは 1982 年の所謂 「歴史教科諸問題」 に関する安倍晋三氏の発言を取り上げたものだ。
ご存知の方も少なくないものと思うが、所謂 「歴史教科諸問題」 とは、当時の歴史教科書の記述に関し、「日本による中国・韓国への “侵略” を、文部省 (当時) が “進出” と書き換えさせた」 という報道がマスコミを中心にして大々的になされたことに端を発する。 この報道がきっかけとなり、中韓両国は日本に対して激しく抗議。 その結果、宮沢官房長官 (当時) が両国に対する謝罪の談話を発表し、さらには各種教科書の検定基準に 近隣諸国条項 が追加されるに至ったというものである。
ところが、文部省検定によって “侵略” が “進出” と書き換えられた事実などはなかったこと、すなわち、このマスコミ報道が実は真っ赤な誤報であったことが後日明らかとなったのである。 安倍氏が 「誤り」 と言ったのは、このような誤報に基づいて国が謝罪をしてしまったことについて述べたものである。 この 「誤報」 に関し、冒頭の asahi.com 記事は以下のように記している。
この問題では当初、「侵略」が文部省検定で「進出」に変わったと報道されたが、問題になった81年度検定に限ると書き換えがなかったことが分かった。ただ、それ以前から検定作業を通じて「侵略」を「進出」などに書き直すことがあったのは事実で、当時の政府の対応もそうした経緯を踏まえてのものだった。
厚顔無恥とはこういう記事のことを言う。 上の引用部分では 「〜と報道されたが」 などと、まるで他人事のように書かれているが、当時マスコミの先陣を切ってこの問題に関する一大キャンペーンを張ったのが当の朝日新聞だったのだ。 そして、これが誤報と明らかになった後、同紙は当時の社会部長名で 「誤りをおかしたことについては、読者におわびしなければなりません」 と謝罪の記事まで書く羽目になっている。
「侵略 → 進出」 の書き換え問題自体に関してこれ以上踏み込むことは本稿の目的ではないので控えておくが、私が強調したいのは、「〜と報道されたが」 と、主語を省略した受動態の語法を用いることで、この大誤報を率先して行ったのが当の朝日新聞であったことを隠蔽・糊塗しようとする同紙の卑怯千万なやり口である。 当時の社会部長による謝罪記事が真に謝罪する気持ちに基づいて書かれたものであったのならば、今回の記事においても 「朝日新聞をはじめとする新聞各紙は、当時 〜 と報道したが」 と、主語を明確にして書くべきであろう。
「朝日新聞は恥を知れ」 と、声を大にして言いたい。
◆
【4/4 00:39 追記】 やじざむらいさんの 『やじざむらい的日々雑感』 でも、『まだ言うのか!朝日新聞は悪質』 と題した記事でこの件が取り上げられています。
先週の金曜日から 3 日間、ブログの更新をまったくやらなかった。 週末にブログを更新しなかったのは何週間ぶりのことだろう。
実を言うと、何度か記事を書こうとしてパソコンの前に座りはしたのである。 だが、自分でも不思議なことにまったく筆が進まなかった。 いや、パソコンなのだから 「筆が」 ではなく 「キーボードが」 と言うべきなのかも知れないが .... いやいや、そんなのは瑣末なことだ。 どうでもいい。 要するに、記事を書いてブログを更新しようとしたことはしたのだが、どうにも記事が書けない状態に陥っていたのだった。
どうやらそうとう疲れが溜まっていたらしい。 考えてみれば当然だ。 私の場合、短時間で短い記事をちゃちゃっと書くことができないので、ひとつの記事を書き上げるのに 1、2 時間かかることはザラである。 モノによっては、ほぼ半日から丸一日近くかかることもある。 モノ書きを職業にしているわけでもない人間がそんなことを毎日やっていたのでは、疲れが出ない方がおかしい。 疲れる方が当たり前なのだ。 ところがさらに悪いことに、私は疲れを感じない状態になっていたようだ。 だが、感じなくても実際には疲れている。 それがとうとうこの週末になって、実際に感じられる症状として 「発症」 した − それが今回の 「どうにも記事が書けない状態」 だったらしい。
何が私を 「疲れているのに、疲れを感じない状態」 にしていたのだろう。 答はわかっている。 至極明瞭。 アクセス数の増えたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだな、私は。 ユニークアクセス数が 200 を超えて 「ジシュク (自祝)」 なんつーバカなことをやった頃から、どうやら私はこのビョーキにかかっていたらしい。 「アクセス数を伸ばすことがこのブログを始めた本来の目的じゃない」 だの 「無理や不自然なことをしてまでアクセス数を伸ばそうとは思っていません」 だのと、ずいぶんとまた偉そうなことを書いていたのがビョーキの証拠だ。 実際には 「昨日のユニークアクセス数は 18 だった。 今日は昨日より増えるかな? 20 を超えたら嬉しいな」 なんてことばかり考えていた。 そして、ブログというのが更新を怠ると途端にアクセスの減るものだということを知っていたのが災いし、とにかくアクセス数を伸ばすためには毎日更新しなければと、今から思うと半ば強迫観念にとらわれたような状態になっていたらしい。
本来このブログを始めたのは、「書きたいことがあるから書く」、それが目的であり動機だった。 ブログはあくまで手段に過ぎず、アクセス数の増加は結果に過ぎないはずだった。 だが、その関係がいつの間にか変化していた。 自分でも気が付かないうちに、アクセス数の増加が目的に変わっていたのだ。 ブログの更新はその目的を実現するための手段になっていて、記事を書くために 「なにか面白いネタはないか」 と考えるようにさえなっていた。 本末転倒もいいところである。
アクセス数の増加というのは、それほどまでに魅力的だった。 麻薬的な魅力といってもいいだろう。 特にそれが増加傾向にあるときは! FC2 ではブログジャンキーというサービスもやっているが、ジャンキーとはよくぞ言ったものだと、今にしてつくづく思う。 まさに私はブログジャンキー状態になっていた。
目的を取り違えてはいけない。 私には書きたいことがある。 だから書くのだ。 アクセス数を増やすために書くのではない。 そのことをもう一度自分自身に言い聞かせるために、今日のこの記事を書いた。
Since 11th March, 2006.
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